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ハンニバル・ライジング

<リンク:http://www.hannibal-rising.jp/>ハンニバル・ライジング(←公式サイト)

<左>{}
「羊たちの沈黙」から、なんだかんだと全作見てきたので、今回もなんだか気になっていっちょ行くか~と気軽に見に行ったのですが。

今回は人食いレクターの幼少期~青春期の内容です。
第2次世界大戦期、リトアニアに貴族の子として暮らしていたまだ幼いハンニバル・レクター少年は、戦争で目の前でドイツ兵(と言ってもリトアニア人)に家族を殺されてしまう。
そのトラウマが成長したハンニバルを苦しめつづけ、やがて・・というストーリー。

冒頭は戦争での虐殺シーンの連続。ドカーン。ドカーン。ババババババッ。轟音と血。コレだけでももう充分、猟奇です。「プライベート・ライアン」の冒頭を思い出しました。あの映画では冒頭の戦争シーン30分で「もうイヤだ~こんな映画観たくない~」と半ベソをかいてグッタリだったわたし・・・

家族を殺されたハンニバルが、復讐、はわかるけど、なぜその手段が猟奇的(早い話がカニバリズム)、になるのか、一般ピープルのわたしには理解できませんでした。残虐な方法で家族を殺されたら、そういうことはもう2度と見たくない、と拒否の方向に行くんじゃないかと思うので。
でももちろん人の心は千差万別なので、ハンニバルが残虐には残虐を、となるのもそれがそれでアリだと思うし、どうしてそうなったかなんてのはもう、説明のつかないことだと思うので、わたしには理解できないから映画の作りがダメというのではありません。いろんなエピソードが重なってるのはわかったし(妹の殺され方とかホホ肉とか)。

ただ、もしもわたしがハンニバルのように目の前で家族を殺されて、その犯人を殺せる機会があったとしたら、とことんまでいたぶって殺してやる、って言うのは理解できます。いや、そう思うってことはわたしにもハンニバルのようになる要素があるってことなんでしょうか。確かに仇に限って言えば、ワタシもどこまでも残虐になれるかもしれません。こういうのって誰の心の中にもある種なのでしょうか。その種が発芽するかしないかの違いなんでしょうか。そして発芽したあと、本人の思惑を超えて大きく育ってしまうかどうかの違いなんでしょうか。

ハンニバルはこの映画のエピソードのあと、真の”猟奇殺人者”になるわけですが、幼い頃経験した残酷な体験ががやがて”興味”にすり替わってしまい、人肉を食うようになる・・・てことなんでしょうか。ううーん。これはもう、やはりわたしにはわかりません。作者のトマス・ハリスも説明する気はないだろうし、説明のつくことでもないのでしょう。やはりハンニバル・レクターは初めからそういう”種”の持ち主だということなんでしょう。けして誰もが持っているものだとは思いたくないですね。

この映画を観て強く思ったのは、
?戦争は人間をとことん狂わせる
?大人が子供を虐待することは、その子供の精神を著しく曲げてしまう
?戦争は絶対してはイカン
この3点です。戦争は何もかも誰も彼も狂わせます。
この世で一番恐ろしいのは、悪魔でも幽霊でも宇宙人でもなく、狂った人間の心だなあと・・・。幽霊が怖い、っていう恐怖心て、幽霊そのものが怖いんじゃなくて、忘れられない恨みつらみを抱えて幽霊になる人間のその心が恐ろしい、ってことなんでしょうね。
実際この映画でわたしが一番恐ろしいと思ったのは、復讐を続けるハンニバルではなく、ハンニバルの家族を殺した兵士たちのほうでした。復讐シーンは「行け!やれ!殺してしまえ!」と、ハンニバルを応援してました(やはりわたしの心にも恐ろしい種が・・・)。

このシリーズの中では一番痛いシーンが多いんじゃないでしょうか。2時間ずっと眉根が寄りっぱなしでした。顔の筋肉が疲れた~。
青年期のハンニバル・レクターを演じるギャスパー・ウリエルくんは、いかにも精神がブッ飛んだ顔つきで非常に良かったです。
しかし・・・この映画に描かれる”日本”はどうかと・・・いくらお武家出身でも、鎧をご先祖に見立てて拝むのは無いだろう・・・(苦笑)

次は「実はハンニバルとレディ・ムラサキは日本で出会っていた」っつー話になるらしいです。トマス・ハリス氏は相当日本にファンタジックなドリームを抱いているのか??ロケは日本で?レディ・ムラサキは広島出身みたいだったけど・・・ロケ地はムリヤリ京都か??う~んまた興味深いです・・・

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