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ある作詞家の死

阿久悠さんが他界されてから、テレビの特番などで阿久悠さんの作品を聴く機会が多いのですが、
わたしはピンクレディーの「UFO」がかかると反射的に踊ってしまう世代なのですが、改めて自分の子供時代に、いかに阿久さんの歌に親しんでいたかがよくわかりました。
ああこれも阿久さんの筆によるものなのか、あああれもそうなのか。
一番好きなのはジュリーの「勝手にしやがれ」でしょうか。最後の
「夜というのに派手なレコードかけて/朝までふざけよう/ワンマンショーで」
という一節をウカレた風情のジュリーが歌うともう、子供心にすごくカッコイイのに寂しげで、惚れ惚れしました。
(そう、わたしはジュリーファンです。美形好きなのよ)
山本リンダ嬢の「どうにもとまらない」も素晴らしいですね。夏木マリさんの「絹の靴下」も阿久さんだったのかー。
このお2人に歌わせた世界はまさに「和洋折衷」な魅力ですね。「絹の靴下」は子供心に淫靡な雰囲気が伝わってきました(当時”淫靡”なんて言葉は知りませんでしたが)。靴下と言ってもハイソックスじゃなく、太もものところでガーターベルトで止める絹の靴下ですよね。わたしは一条ゆかりさんが描くマンガの世界と重ねてました。
今思えば、おとなっぽい淫靡な歌謡曲の好きな子供でした。辺見マリさんの「経験」とか金井克子さんの「他人のふたり」とか。あと、淫靡じゃないけど大人っぽい「ふたりでお酒を」とか。
「ジョニィへの伝言」も和洋折衷の魅力ですね、70年代少女マンガの世界に通じます。わたしはこの歌をジャニス・ジョプリンが歌うとすごくいいのではないかしらと常々思っています。かわいくて、強がりで、悲しい女の子の歌。

ピンクレディーの一連のヒット曲は、当時は子供だったのでただ歌って踊ってるだけでしたが、「サウスポー」は当時のわたしは「女の子で野球って、水原勇気みたいなカンジかな」と思ってたんですが、今聞くと、「サウスポー」は野球の歌じゃないんですよね(笑)どうやっても落とせない、手ごわい魅力の男性に出会った女の子の歌なんですよね。「UFO」も「まるで別世界から来たかのように魅力的な男性」に出会って恋した女の子の歌。なんともロマンチックです。
当時から一番好きなのは「ペッパー警部」でした。恋人同士の時間をジャマする、カタブツのおまわりさん。ウ~ンなんか素敵。そう、ワタシは子供の頃からこういう融通の利かなさそうなタイプに弱かったのです(笑)

しかし一番すごいのは八代亜紀の「舟歌」でしょう。普段演歌を聴いたりしないのですが、この歌は大好きです。完璧な一曲だと思います。八代亜紀のあのハスキーな声にピッタリです。ピッタリといえば森昌子の「せんせい」も、今聞くといかにあの歌詞があの純粋な声にピッタリの歌詞だったのかが理解できます。
「津軽海峡・冬景色」の、「あああ/津軽海峡 冬景色」の「あああ」のあの石川さゆり嬢のあの切なぃ、声にならない慟哭のような声が素晴らしい。
昭和の歌手は「歌手」でしかないけど、「歌手」に徹してるプロがとても多かったですね。
阿久さんは歌手の持つ「キャラクター」にピッタリの歌詞をつけるのが非常に上手な方だったのだなあと思います。

そして、「デビルマン」のOPとEDも阿久さんだったんですねぇ!!

テリー伊東さんが話してたんですが、日本で「歌謡曲」ではなく「シンガーソングライター」という存在が台頭してきたときに、どう思いますかという質問に阿久さんは
「彼らは自分の身の回りのこと、半径5メートルのことを、たとえば4畳半の中で起こったことを歌にする。でも僕は、その4畳半で起こった事を、遠くから見て歌にすることが出来る」
とおっしゃったそうです。どちらがいいとか悪いとかではありませんが、しかしああ、プロの「作詞家」というのはやはり「いろんな視点を持ってる」のだな、と思いました。
そしてそれって、レイ・デイヴィスの書く歌世界でわたしが常に感じてる「いろんな位置からのカメラワークで歌を書いてる」という点と通じるなあと、ちょっと驚きました。

娘は「ちびまるこちゃん」で、「狙いうち」や「ヒデキ」に接してるのですが、阿久さんの死によってはじめて当時の山本リンダさんの歌いっぷり(今みるとしみじみきれいなお顔立ち&プロポーションだなあと見とれました)や、ヒデキのカッコよさ(もう、当時ではありえないスタイルのよさですねぇヒデキは)を見入っておりました。
考えてみれば今の子は「誰もが知ってるヒット曲」というのがない時代に生きてるんですね。テレビからヒットするのは全て「ドラマの主題歌」か「CMタイアップ曲」であり、「その歌そのものにヒット性やカリスマ性を備えてる」わけではないんじゃないかしら。
つんくさんは多分それがやりたかったんでしょうね。「LOVEマシーン」が大ヒットしたときの、子供も大人も同じ曲を歌って踊るという現象は、「ああそうそう、これこそ歌謡曲の醍醐味よねぇ」、と非常にワクワクしました。
しかしやはり、昭和のプロの作詞家・作曲家のように、いつまでもヒット曲を出せることは出来ませんでしたねぇ。歌手の数の違いもあるからですけれど。
今は「キャラの立った」歌手はいなくなりました。いやもう、歌手はいないのか。猫も杓子も「アーチスト」。わたしはこの表現が嫌いです。ひとつの芸に徹してないのに、ただえらそぶってる気がしてしまうのです。

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