スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

トーク・トゥ・ハー

Hable con Ella/Talk To Her
<左>{}
<リンク:http://www.gaga.ne.jp/talktoher/>トーク・トゥ・ハー(公式サイト)

ずっと見たかった映画です。CSで放映されたのを録画しました。

交通事故で昏睡状態に陥ったバレリーナ・アリシアを看護士として日々介護する男・ベニグノ。
彼と彼女は恋人同士なのではなく、まだ健康だった頃からベニグノは彼女に恋をしていて、母を介護していた経験から、彼女の専属の看護士として雇われ、以来ほぼ休みなく、彼女を細やかに看護している。

この看護がまさに微にいり細にいりで、日常のマッサージはもちろん、メイクやネイル、ヘアカットまでこなす。ベニグノの献身的な看護のおかげで、ベッドに横たわるアリシアの姿は眠れる美女のよう。ネグリジェを着替えさせるシーンはテキパキと無駄のない動きで行われ、仕上がった彼女の姿はまるで花嫁のように清楚で美しくてドキドキしました(寝巻きもすってんてんでなく、ちゃんと胸もとがレースっぽくカットされてて、シンプルキュートなドレスみたいなのだ)。

健康だった頃の彼女の趣味である映画鑑賞や観劇をベニグノが代わりに(?)見に行き、そのストーリーや感想を事細かに彼女に話しかける。彼女のからだを美しく清潔に快適に保つことと、彼女には伝わってると信じて常に話しかけることが、ベニグノにとっての愛情表現。
これが思いの通じ合ってる恋人同士ならとても美しい関係なのだけど、あくまでもベニグノは健康だった頃の彼女とは(健全な)接点はない。
同じく恋人が昏睡状態になってしまった男・マルコと友情が芽生えるが、マルコからも「君の愛情は一人芝居だ」といわれてしまう。そう、確かにベニグノの愛情は全く一方通行で、ストーカー的で、相手に尽くしてるように見えて実は自分の気持ちを満たすためだけにやってるようにも思える。

それでも、せめて自分の愛情を注げる時間を得たベニグノはうらやましいほどに幸運である。しかしその幸運は、アリシアの「昏睡状態」という不幸があってこそのもの。
恋人でもない男に(しかも自分に片思いしている男に)、意識がない状態とはいえ、身体じゅうを触られ(医療行為としてのマッサージなんではあるんだが)、月経の処理までされるというのは、健康な状態なら彼女にとっては耐え難い苦痛。こん睡状態の今は自分におこってる事がわからないけど、もしもアリシアが目覚めて、この状態を知ったら?感謝よりも嫌悪や恐怖を感じ、アリシアはベニグノを拒絶するだろう。

どんなに彼女を愛し尽くしても、ベニグノの幸せの時間とアリシアの幸せの時間は、けして交わることがない。


この映画とは全く関係ないのですが、最近よく思うことに、
どんなにがんばっても好きになってもらえないことはあるし、どんなに好いてもらっても、同じものを返せないこともある。
わたしがあなたを好きならそれでいい、というのは間違いだよな、ということに最近気付きました。わたしはあなたを好きだから、あなたはわたしを愛してなくてもそれでもいい、お願いだからここにいてください、では、一見すごく相手を愛して尽くしてるように思えるけど、相手が他の人と幸せになれる可能性を摘んでしまうことになる。結局相手の幸せを奪うことになってしまう。
反対に、どんなに好かれてても相手に愛情を返せないのであれば、やはりどんなにすがられても立ち去るのも礼儀ではないか。自分が立ち去ったあとに、相手に新たな本当の幸せが来るかもしれないのだから。
もちろん、がんばって努力したら思いが通じあえた、って事もあるんでしょうけど(それは素晴らしいことだと思いますよ)。

しかしこの映画を観てしみじみ思ったのが、好きな人から同じように好きになってもらえる、というのは、ホンマにこの世にどんだけくらいある幸運なんだろう?ということです(別のこの映画の監督はそこを言いたいわけじゃないと思うんですが)。
相手を愛して、愛されて、そこから生まれる思いやりとか、幸せとか。そんな満足な人生を送れるカップルはどれくらいいるんでしょうね?
うらやましいです、本当に。



映画の途中、劇中映画として出されるのが「縮みゆく恋人」というサイレント映画なのですが(この映画のためのオリジナル)これがスゴイ!はぁ~~こういうことを考える人がいるのね!とただただ驚きました。エロいっつうよりもなんつうか・・・いや~もう、発想の根本が違うって言うか・・・

Comment

Post comment

Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。