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THIS IS IT

実は「パイレーツ・ロック」の2日前に見てました。
ええそれはもうマイコーのダンス並みにみごとに踊らされたよ「2週間限定」の文字にな!!(笑)


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THIS IS IT


こういう機会でもなければ、マイケル・ジャクソンのコンサートを見る事はなかっただろう、という、
彼の「死」に対してはやや複雑な理由ですが、見てまいりました。
特にマイコーファン、てことはないのですが、
80年代洋楽世代にとって「マイケル・ジャクソン」はやはり、記憶から外せないミュージシャンの筆頭存在です。(ちなみに個人的に「Billy jean」はすごく好きな曲です。あと「Say,Say,Say」もPVがすごくかわいくて好きでした)
しかし90年代以降の奇行ばかりが目立つようになり、正直もう音楽的には終わった人だと思ってました。子どもを持つこと目当ての結婚・離婚やら整形やらを繰り返すのは別にいいと思うのですが、なんだかそちらが中心なのかな?ってカンジになってしまってて、CDを出してるのかどうかも知りませんでした。

しかしこの映画を見てビックリ。80年代の一連のヒット曲しか知らないと思ってたのに、流れる曲流れる曲、ほとんど知ってるやんあたし?!
洋楽チャートなんてここ20年サッパリわからなくなってるわたしの耳にも、いつの間にやらあちらこちらからマイコーの曲は耳に届いていたのでした。

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そして映し出されるコンサートリハーサルの映像もビックリ。自らダンサーたちを指導し、構成に意見を述べ、そして他のスタッフの意見も聞き、常に回りに気を配りながら物静かに対処していく姿は、近年ワイドショーで繰り返し映し出されていたマイコーとは全く違う、まごうことなきプロフェッショナルの姿でした。なんでこんなに落ち着いてバランスよく気を配りながら仕事の出来る人が、私生活では奇行の連続だったのか。いやそもそもあれはあまりにマスコミがマイコーをゴシップの種として便利に使ってただけなのか。幼い頃からショウビジネスの世界しか知らない人ですから、確かに常識からかけ離れた部分もあったのでしょうけど・・・
そしてわたしもそのマスコミの大騒ぎ側からしか、マイコーを見てなかったんだなーと反省しました。
(・・・いやでもまあ、奇行は奇行としてあったんでしょうけど)

音楽的才能・知識、歌唱力、ダンスの上手さやセンス、ステージ上での体力(あの身体の細さから言って、絶対ほとんどモノ食ってないと思うのにスゲェ体力なのよ!)、そして全体をまとめる人間的魅力、どれをとってもスターそのもの。
それに加えて、冒頭に映し出される、オーディション→採用決定後と思われるダンサーさんたちの、マイケルと一緒に仕事が出来る喜びのコメントや表情が、なにより「マイケル・ジャクソンがいかにファンに愛された先駆者だったのか」を物語っていました。
リハーサルとは思えない本番さながらの素晴らしいパフォーマンスが披露されるたび、現場ステージ下からはウットリしたため息と歓喜の声が漏れだします。マイケルを見つめる夢見るような表情、あるいは喜びで興奮した瞳。マイケルと仕事を共にするスタッフやダンサーたちが「単なるマイケル・ジャクソンのファン」に戻ってしまう姿はとてもしあわせそうで温かい場面でした。
たぶんマイコーが死なずに、このコンサートツアーが行われていたら、きっとミュージシャンとしての起死回生の大きなキッカケとなったと思います。それだけに惜しいし、もったいない人が死んでしまったのだなあとしみじみ感じました。

映画中何度もマイケルは「自分がファンやスタッフを愛してること」を伝えてるのですが、その反面
「自分もまた彼らに愛され必要とされてるか」と言うことには気づいてないように思えました。
マイケルに欠点があったとしたら、それは一連の奇行ではなく、
マイケル本人が思う以上に、いかに自分がファンから愛され、その存在がファンに希望を与えていたかに気づいてなかったことなんじゃないでしょうか。
自分が若くして死ぬことがあれば、どれだけの人を悲しませるか、どれだけの人の才能の手助けをしないことになってしまうか、スターであればあるほど、知っておかねばならないんじゃないでしょうか。
そういう意味で、マイケルはもっと自分自身を「神」として君臨させてもよかったんじゃないかなと思います。

マイケルに限らずどのミュージシャンにも言えることですが、
ミュージシャンがファンを愛してくれるなら、ファンにとってその「愛」を感じられる一番のことは、一日でも長く現役ミュージシャンとして活躍してくれることなのですから。

2週間公開期間が延びたらしいので、マイケルファンじゃなくても80年代ロック黄金期にズッポリだったかたは、何かしら感じることがある映画だと思います。



なんかこれ見てからつくづく考えるんですけど、・・・スターに限らず我らフツーの人間も、「愛する」コトと「愛されること」のバランスって難しいし大事ですよね。
「愛される」ばっかじゃ実はつまらない。「愛する」喜びってすごく大きい。でもやっぱり「愛されてる」ってのもわからないと、たまらなく孤独。
でも両方がバランス取れてることを実感できる人生って、有名無名に関わらずなかなかないのかもなぁ・・・


オマケ:
そういえばプレスリーも医者からの薬剤投与がキッカケで亡くなってるんですよね。
マイコーの死因も医者の薬がどうのとか言ってるんで、おんなじようなカンジだなあと・・・
マイコーって奇行のわりには、ドラッグとかアルコールの方面はクリーンなイメージなんですよね。
それだけに、どうみても食わなさそうなあの身体で、どうやってあのダンスや歌をこなせてたのかが不思議でさー。やっぱ医者が処方した薬の害が積もり積もって…プレスリーのように・・・
スターが精神的体力的に健康維持するのって、難しいってことなんでしょうね・・・

テーマ: 映画感想 - ジャンル: 映画

Comment

tallulah #FrUoCQUQ

うおおおおおおおこちらこそ放置プレイですみません!
ring-rieさんもご覧になられたんですね!よかったですよねこのフィルム。自分が知らなかった知ろうとしなかったマイコーを知れてよかったです。たぶんツアー後にライブDVDを出すとき用に撮りためてたものを編集したんだろうなと思うんですけど、それでもすごくよく出来たドキュメンタリーだと思います。

>あっさり延長にするのなら、無理して早めに見に行った人にすみませんの一言もありそうなものですが…あったのかな?

「世界一斉公開!2週間限定」という謳い文句だったのであわてて見に行ったクチです(笑)世界的に2週間限定なら延長はないんだろうと思ったんですが…ちなみに謝罪はなかったです(笑)

>ダンサーやスタッフが彼との共演できるというだけで嬉しくてたまらない様子がよく伝わりましたね。

ほんとこれは感動しました。長いことマイコー=お騒がせ記事のヒト、と思ってただけに。特に白人のイケメンダンサーが喜びの涙で頬を濡らした顔でしみじみ「いかにマイケルが自分の人生に大事な人か」を語ってる姿は、大げさかもしれないけど人種差別を超えたものを感じました。

>私も彼があんなに仕事熱心なミュージシャンだったことを全く知らず

ねー。いかにゴシップ屋が誰のためにもならない記事を書き散らかしてるかと言うのがわかりますね。まあ結局わたしもそればかり信じてたわけなんですが。
マイケルに限らずやはりスターと呼ばれる人は一般人には計り知れない努力をしてるんだなと思いました。当たり前のことなんですけど、どうしてもわたしなんかはそこに思いが至らず「スター=天賦の才の人=変わりモンで当たり前」と思ってしまい、だからゴシップを信じてしまうんですよねぇ。反省しました。

>これがプライベートになると、周囲が見えなくなり、どんどん閉鎖的になってしまったのでしょうね。もしくはファンの気持ちは分かるのだけど、その期待に応えたいという思いがプレッシャーになって空回りしたのかも。

そうか~期待への責任感も強かったんでしょうね。ファンって「にわかファン」と「心底好きなファン」と2通りあると思うんですが、マイコーは「にわかファン」の期待にも応えなきゃと思ったのかもしれませんね。(マドンナなんかは「切り捨てるべきモノ」と「応えるべきファン」をキッチリ切り離して仕事してるように思えます)
仕事では自分を追い込みすぎて、でもプライベートには誰も頼れる人がいないし(子どもの頃から第一線で働いてきた人だから、なんでも自分で決めなきゃいけなかったんじゃないかなあ~)、私生活でも息つく暇がなかったのかもしれませんねぇ。。。

>「自分の存在がファンに希望を与えている」ことを、もっと自然に受け入れられたら、

90年代以降マイコーをずっと「奇行の人」としてしか見てなかったわたしにとって、その間にもずっとマイケルファンでいた人たちがこんなに多かったのか、と驚いたんですよね。わたしを含め世間は大概マイケルを「終わった人」扱いしてただけに。
自分の才能のすごさは彼は充分自覚してたと思うんですが、自分自身の"存在のすごさ"にはあんまり気づいてなかったんじゃないかなぁ。ナンバーワンよりオンリーワンとよく言いますが、ファンにとってはまさにオンリーワンなんですから・・・

>ファラ・フォーセット

そうそう、こういうスッとした鼻が欧米人にとってのステイタスなんでしょうね。確かにわたしにとっても典型的なセクシーゴージャスアメリカ美人でした。なんぼ言うてもマイケルは、白人への憧れがすごくつよそうでしたよね。彼の才能・存在のすごさは彼が黒人ゆえな部分も大きいと思うんですが、でももし彼が白人だったら、もっと自由に生きられたのかもしれません。
でもそれはマイケル・ジャクソンじゃないんですけどね・・・

2009/11/26 (Thu) | URL | 編集

ring-rie #qKuIJ8qA

こんばんは。ご無沙汰してしまい、自分が見に行く前にコレ読んでいたらよかったなあと思いました。
もしくは映画見た直後に読むとか。
自分もそんなにマイケル・ジャクソンのファンでもなかったのですが、亡くなった後にFMでよく昔の歌がかかり、ジャクソン5時代の歌とか、今聴くほうが驚きが大きくて、この映画にはすごく興味が湧いてました。
2週間限定なら無理と思ってたけれど、あっさり延長になったので水曜日に千円で見に行けてラッキーでした。あっさり延長にするのなら、無理して早めに見に行った人にすみませんの一言もありそうなものですが…あったのかな? とにかく自分には有難い延長でした。

タルさんがおっしゃるとおり、ダンサーやスタッフが彼との共演できるというだけで嬉しくてたまらない様子がよく伝わりましたね。その点には何の誇張もなかったと思います。その描写がよかったですね。大袈裟にならず、ごく自然で。

>そのマスコミの大騒ぎ側からしか、マイコーを見てなかったんだなーと
私も彼があんなに仕事熱心なミュージシャンだったことを全く知らず、やっぱりマスコミが作ったマイケル像から逃れられてなかったのだと思いました。それ以外の情報がないせいか、スターであるゆえにヘンになった人という印象ばかりが膨らんでいました。タルさんと全く同じだなあと思います。

>マイケル本人が思う以上に、いかに自分がファンから愛され、その存在がファンに希望を与えていたかに気づいてなかったことなんじゃないでしょうか。

ショコポチさんがすでにコメント書いているから、もういいかもしれませんが…
自分は全くそのあたりまで考えなかったです。映画に圧倒されて「すげ~」(すみません)と思っているうちに、そういうことは忘れてしまいました。
確かに彼はファンから見た自分の像がまるで見えていなかったのかもしれません。いいライブをしようという目的のためになら、周囲に気を配ったものの言い方ができるので、かなり社会性がある人だっと知りましたが、これがプライベートになると、周囲が見えなくなり、どんどん閉鎖的になってしまったのでしょうね。もしくはファンの気持ちは分かるのだけど、その期待に応えたいという思いがプレッシャーになって空回りしたのかも。本当のところは分かりませんが、「自分の存在がファンに希望を与えている」ことを、もっと自然に受け入れられたら、マスコミのバカ騒ぎにあれほど苦しまずに済んだように思います。

有名人は特に、自分の悩みを普通に打ち明けられる人がいないと精神的におかしくなるでしょうね。ファラ・フォーセットとマイケルが亡くなって、二人の写真を続けてテレビで見たら、鼻の形がほぼ同じだったんです。ああ、こういう鼻が彼らの理想形なんだと思いました。ファラ・フォーセットは元からああいう顔だったのか、よく知りませんが、いずれにせよ鼻がスっとしているのがいいというのが大方の意見なんでしょう。理由は分かりませんが、二つの鼻の形だけがやたらと記憶に残り、余計に悲しくなりました。
映画を見て、残念なスターとしてばかり報道された彼の実像がかなり修正されました。やはり、マスコミが騒ぐ人物ほど実像は全く見えないもんなんですね。それを痛感しました。

2009/11/23 (Mon) | URL | 編集

tallulah #FrUoCQUQ

>あんまりにも出過ぎてて、うっとぉしかっただけなのに…

我ら世代には「いて当たり前」の人だったもんね(笑)
そう考えてみれば、全盛期も、スキャンダル期も、なんだかんだでマスコミにいいようにいじられてた人なのかもしれませんねぇ。

>嫌いじゃないけど、好きにはなれなかった音楽の数々…

わたしもビートイットとかバッドとかメガヒットした曲ほどそう思ってたのですが、自分が「知らんはず」と思ってた曲(たぶん90年代以降の発表曲)が意外にいい曲なんでビックリしました。

>スクーターのCMの頃は可愛かったのに(←オバはん歳がバレる)、日替わりで変容していく風貌…

これかしら
http://www.youtube.com/watch?v=s57fl830Cg8
http://www.youtube.com/watch?v=5g10XdaUdi0
かわいいよね。この頃はまだ整形してないのかな?本人が気にしてたというまるっこい鼻が愛嬌あってかわいいのにね。
整形もある程度までは成功してたと思いますが、後年はあまりにも顔が変わっちゃって、正直恐ろしいだけでした。(ピート・バーンズ然り…)
皮膚が白人化したのは皮膚病だそうですが、正直ホンマかいな感がぬぐえません。あるいは白人に憧れるあまりの奇跡なのか。
でもなんにせよ一番かわいいのはジャクソンズ時代の笑顔で歌ってる姿ですね。人気が出るのもわかるよねぇ。

>コンサートに向けて希望をまだまだ沢山抱えてたってことに思えます。

そうなのよね。それだけにファンは余計悲しいだろうなと。(マイコーファンじゃないけど、好きなミュージシャンが若くして死んでしまう、というのはもしも自分の立場だったらすごく悲しいよなって思ってしまうので、ファンの人の気持ちに肩入れしてしまうのよね~)
映画はリハーサル風景なんで、「ここで歌が終わったら、僕が脱いだジャケットが燃えて、そのまま舞台を暗転させよう」とかいう演出が「語られるだけ」で終わってしまうのね。でもその演出が実現してたら、確かにそれはカッコイイだろうな、って思えてさ、そういうのも残念だなあと思うんですよね・・・

2009/11/10 (Tue) | URL | 編集

tallulah #FrUoCQUQ

返信が遅くて申し訳ありません~<(_ _)>
PTAが佳境になってきました。早く終わりたいです…

>あんなビッグスターなのに。マイコーにはずっと「寂しさ」がついてまわりましたね。

そうなんですよね。スターに必要な才能も華も余すほど持っていてそれにふさわしい人気も持ってるのに。子どもを3人持っても寂しそうでしたよね。
父親との確執が深かったそうですが、それはそうとして、でもお母さんはとてもマイケルに愛情を注いでくれたらしいし、マイケルもとても母親を愛してたらしいんですが、そんないいお母さんを持っていてもなお、父親の穴は埋められなかったのかなあ。

>人に何かを「与える」人って、自分自身には「与えられない」ものなんだろうな

そういうひとって禁欲的で素晴らしいなあって、未来永劫凡人のわたしは思うんですけど、実際本人はそんなのんきなもんじゃなく、まさに身を削って人に与えてるんでしょうね。消耗してしまうのも無理はないですよね・・・

>思い出したのはもちろん『聖★おにいさん』のブッダの顔です…

スイマセンわたしもです…4巻もメッチャおもしろかったです…v-254

>マイコー、本当に「惜しい人を亡くした」のですね。

全然ファンなんかじゃないわたしですら、つくづくそう思っちゃいました。死んだ人はみな善く見える、ってのもあるんでしょうけど、でもマイコーの才能云々もあるけど、何よりやっぱ「マイコーはこんなにたくさんのファンに愛されて、支えになって、希望になってたのになあ…」ってのが残念でした。そこにマイコーが気づいていれば、彼の孤独もかなり薄まっただろうし、そうしたらこんなに早く亡くなってしまう事もなかったかもなぁと思うんですけどね。。。
でも「与えるもの」はそこには気づかないからこそ、純粋に「与え続けられる」のかもしれないですねぇ・・・

2009/11/10 (Tue) | URL | 編集

おんこち #-

若い頃「あんな男にゃビタ一文払う気はねぇ!」とまで言ってたんですが・・・(^^;)
今思えば、特に嫌う理由はなかったんですよね。。。
あんまりにも出過ぎてて、うっとぉしかっただけなのに…
嫌いじゃないけど、好きにはなれなかった音楽の数々…
スクーターのCMの頃は可愛かったのに(←オバはん歳がバレる)、日替わりで変容していく風貌…

例えばこれが中堅のミュージシャンならスルーしとけばいいんでしょうが、余りにもビッグになりすぎると嫌応でも情報が入ってくるから、本来なら出来ない筈の、私みたいな要らぬ敵を作りだしちゃったんでしょうね。

あれだけ大きな家に住んで、多くの人に囲まれ、多くのお金に囲まれても、癒されない孤独って・・・
私には一生かけても理解出来るとは思えませんが、足ることを知るってのは大事だと思いました。

ただ唯一の救いは、かれが絶望のどん底で死んだのはなく、コンサートに向けて希望をまだまだ沢山抱えてたってことに思えます。
合掌。。。

2009/11/10 (Tue) | URL | 編集

ショコポチ #R2jU64p2

>その反面
「自分もまた彼らに愛され必要とされてるか」と言うことには気づいてないように思えました。

この一文が非常に心に沁みました。
マイコーのことにほとんど関心がなかった私でさえ、なんとなく、この人の不安定さは愛情を充分与えられていない(それが過去か現在かはわからないが)ことから来る不安が原因なんじゃないだろうか、とよく思っていました。あんなビッグスターなのに。マイコーにはずっと「寂しさ」がついてまわりましたね。

そこで思い出したのがヘッセの「シッダールタ」の一節です。

「こうしてすべてのものはシッダールタを愛した。彼はすべてのものに喜びを与え、すべてのものを楽しませた。
彼シッダールタはしかし、自分自身には喜びを与えず、自分自身を楽しませなかった。」(高橋健二訳、新潮文庫)

まあこのときシッダールタには愛情が足りなかったわけではなく真理が足りなかったわけなんですけど(笑)、人に何かを「与える」人って、自分自身には「与えられない」ものなんだろうな、とこれを読んだ子供時分に思いました。
そして数十年後に読み返した今、思い出したのはもちろん『聖★おにいさん』のブッダの顔です…
情けない大人になってしまった…(笑)

マイコー、本当に「惜しい人を亡くした」のですね。タルちゃんの文章で、それが実感できました。

2009/11/07 (Sat) | URL | 編集

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